砂を掬う水掻き -4-

Alphyne
小説
連載

「アンダイン!聞いて!人間を捕まえたよ!」

 通話越しのパピルスはいつにも増して興奮しているようだった。以前アンダインが『人間の魂を奪う』と息巻いていた頃の戸惑っていた彼は今は居ない。王のお触れがあるため、形式上は捕まえたと言ってはいたが、その実彼のことだから人間を丁重に扱っているのだろう。勿論、その人間が誰なのかアンダインは知っているし、危険性が無いだろうということも分かってはいるが、パピルスの呑気な物言いに、純粋な友達が心配になった。『わかった』と言って電話
切り、走り出す。

 スノーフルのパピルスの家の前で、フリスクは彼と雪だるまを作っていた。なんと平和な光景だろう。しかし、この先の遠くない未来を思うと悩ましい。彼女はアズゴアの魂を使って地上へ行ってしまうのだ。アンダインは目を細めて二人を眺めていた。

「フリスク。アンダインが来たよ。彼女が王様の所へ連れて行ってくれる」

 アンダインに気付いたパピルスがフリスクの肩を叩いて振り替えるよう促した。フリスクとアンダインの目がカチリと合う。
 少女の瞳に警戒心は微塵も無い。フリスクは暫くアンダインを見つめた後、彼女の傍へ寄って小声て呟くように言った。

「……もしかして、私の事覚えてる?」

「!!」

 アンダインの縦長の瞳孔が開くのを見て、フリスクは驚いた。

「どうしてアンダインだけ……。いや、サンズも何か知ってたみたいだったな」

 フリスクは冷えた小さい手で自分の頬を撫でながら、ぶつぶつと思案していた。アンダインが混乱しているのに気付き、彼女に向き直る。

「やはり、時間は遡っていたんだな。フリスク、なぜ私たち以外それに気付いていないんだ」

「それは、リセットの力を使ったから」

「ねえ、二人とも何を話してるの? 長話なら家に入ればいいのに」

 フリスクが言葉を続けようとしたところに、パピルスが無邪気に声をかけた。彼は自身の家のドアを開けて入るよう促しているが、アンダインが首を振る。

「いや、また今度にする。もう行こう、フリスク」

 フリスクはアンダインの目配せに頷くと、パピルスに駆け寄って彼を抱きしめた。

「有難う、パピルス。またデートしてね」

 スケルトンはニッコリと笑みを返した。そして、ウォーターフェルへ向かう二人が見えなくなるまで、彼は大きく手を振って見送った。

 次第にスノーフルの雪が見えなくなりウォーターフェルのエリアに差し掛かってきた頃、フリスクが漸く話の続きを切り出した。

「ケツイの力を使ったんだよ。過去に戻ってやり直せる力」

「人間はそんなことが出来るのか?!」

「ううん、私も聞いたことない。でも……」

 地上では失われてしまった魔法の力。それはモンスターとともに地下の世界に閉じ込められ、充満していた。自分が落ちてきてその力を手に入れたのは、恐らく地下に溢れる魔力のせいだろうと、フリスクが説明した。地上に出た後、何度か通話をやり取りしていたサンズがそう憶測を述べたらしい。

「アンダイン、未来で何を見たの? もしかして、何か強いケツイをした?」

 アンダインは過去へ戻った日の事を思い出した。あまり思い出したくなかったが、あの時確かに自分は、疲弊するソウルを奮い立たせながら一つの事をケツイしたはずだった。

「アンダインはケツイの力が強いから、私と一緒に記憶を持って帰ってきちゃったのかも…」

 そう言ってフリスクは、傍を揺蕩う妖精虫の灯りを撫でながら、脳内に可愛らしい花を一輪思い描いた。
 ここに住む水棲生物と違って、人間のフリスクは暗闇で足元がおぼつかない。アンダインが前を歩いて少女を先導しながら歩いていた。

「後悔してる。アズゴア王のこと。皆でどうにか地上に出れないかなって」

「お前は優しいな」

「ううん、私は人間だもの。君たちより優しくないよ」

 アンダインがフリスクの笑みに多少の寂しさを感じ取る。

 アズゴアは強い王だ。人間の子供に……しかも悪意を持たぬこの娘に、易々とやられるモンスターではない。あの王は、もう終わりにしたかったのではないだろうか。アンダインが想像つかぬほどに、彼は長い間生きているようだった。随分前に寵愛する王子が殺され、王妃も行方不明となって、まだ稚魚だったアンダインが出会った頃のアズゴアは既に寂しさを背中に抱えていた。元々、一層優しい性格をしていた王だったから、人間を憎むことにも疲れていたのかもしれない。そうアンダインは王を想ったが、本人に気持ちを聴かなければ分からないこと。途中で考えるのをやめた。

「私が地上へ出た後、どうしてたの」

「……皆、いつも通りだった」

「……なにかあったんだね」

 アンダインが珍しく言葉を濁したので、フリスクは顔を伏せた。振り返ったアンダインは、フリスクの表情を覗くようにしゃがみ込む。

「アルフィーが」

 そう切り出して、アルフィーの結末を掻い摘んで話した。自分で語りながら、アンダインの喉は詰まりそうになっていた。

「このまま時が進めばまた同じことになるのか? 私はあの時アルフィーに誓ったんだ。“過去に戻れたら”必ず助けると」

「そう……。きっとそのケツイが私の“過去に戻る”力にひっぱられたんだ。私たちが違う出会い方をしたように、きっと変えられる筈だよ。私はもう一度やり直したい。アンダインも、アルフィーを助けて」

 アンダインは力強く頷いた。今のアルフィーはまだ生きているけれど、うかうかしていたら同じ道を辿らせてしまう。彼女を救うにはどうすれば良いのだろう。