怒れる太陽 -2-

Alphyne
小説
捏造設定あり
連載

 モンスターが「太陽」と言うとき、それは恒星のそれを指す事が殆どだが、もう一つ隠喩として、彼らの守護英雄を意味する場合がある。

 ロイヤルガードリーダーのアンダイン。

 モンスターたちが地下に居たころに皆抱いた「いつかアンダインが太陽を取り戻してくれる」という期待が、彼女を太陽の象徴にしていた。アンダインは地下での長い歴史で希望を背負って君臨していたアズゴアを助け、照らす光だった。その名声は十年も経たない若いものだったが、長年不在だった英雄の登場に、当時の地下は騒いだものだ。時期としては、封印破壊のための人間の魂も残り一つ揃えば良いという条件も相まって、皆が太陽への期待を膨らませていた。

 
 
「太陽が燃えている」
 
 

 誰かがそう言った。アンダインが悪に対して正義を燃やすとき、赤い鬣のような髪が義憤で逆立ち。表情がさらに異形に変わる。その姿は正に近寄るものを焼き尽くす太陽。だが、地下では悪人など届かぬ地上の存在だったために、その様を誰も見たことがなかった。後世に伝承的に残っているごく少ない一文には、「彼女の大事にしている月が欠けてしまったから」とあった。

 これは親しいモンスターだけが知っているが、実際のアンダインは最初、愛する月が臥せった時に大層動揺して、情けなく眉を下げながら幼馴染みの老兵のもとへ助言を求めに飛び出したという。

 
 
・・・
 
 

 地上に出ても過去の英雄ガーソンの考古学研究は続いており、彼はイビト山の麓の小屋と地下を行き来する生活を送っていた。大戦経験者として人間からも丁重に扱われていたガーソンには都会に家を与えられていたが、そこはあまり使っていないようだった。アンダインはそれを知っていて、確認もせずイビト山の麓まで彼を訪ねた。我が子同然に可愛がっていた彼女が神妙な顔をしていたので、ガーソンはアンダインが稚魚だった頃を思い出し、つい子供扱いするように背中を撫でながら小屋の暖炉の側へ座らせる。

「ガーソン。どうしたらいい」

「お前さん、あの科学者のことになるといつもそれだ。世界の終わりみたいな顔しおって。シャキッとせい」

 老いた亀はため息をついた。無理もない。アンダインにとってアルフィーは彼女の世界を大きく占める存在。それが臥せっているとなれば最強の武人の気迫も鳴りを潜める。

「でも、アルフィーはずっと元気が無いんだ」

 アンダインは憂悶に耐え兼ね、情けなく首を垂れた。

「どんな症状だ」

「呼吸が浅くて、体が少し……冷たい」

「魔法熱じゃないな。ふむ」

 ガーソンは少し考えてから、二つ三つアンダインにアルフィーの症状を確認してから

「人間に刺されたか?症状が似とるな。外傷はないか」

 と言った。不穏な質問にアンダインの金の独眼が細くなる。

「人間の悪意に触れると、弱いもの程冷たく硬化して、攻撃を受けた箇所から塵になる……まぁ、モンスターが人間の悪意に弱いのは知っているな?」

 アンダインは頷いた。

「直接刃物で切りつけられなくとも、長期にわたって悪意に触れているとソウルが疲弊して体が徐々に硬化する。この症状は地下にいた数百年はモンスターには表れなかったから、あまり知られとらん」

 勿論、大戦前にモンスターがまだ地上で暮らしていた頃はよくある症状だった。悪意は大抵の場合人間からもたらされるからだ。ガーソンからの説明をあっけにとられながらアンダインは聞いていた。直近のアルフィーの様子を思い出そうとする彼女にガーソンは続ける。

「人はそれを呪いと言って笑うがな。わしらモンスターには実際脅威となる」

「……」

「悪意を向けるなんてのはなにも物理的なものだけではない。お前さんならわかるじゃろ。言葉でも文字でもじゃよ。強いケツイを秘めるものが使える刃物じゃ」

「誰かがアルフィーに何か言ったのか!」

「わからん。本人に聴かんとな」

 アンダインは大きく息を吸って、吐いた。彼女の中で怒りの炎が燃え始めているのをガーソンは感じ取る。

(人間と共存するということはそう言うことだ……!)

 アンダインが予てから懸念していたことだった。フリスクのような優しい人間も居れば、憎悪と私欲で魂が構成された人間も居る。この地上で絶対にモンスターが傷つかないという保証などない。

「もし、軽度でも長時間呪いを受けているようなら、そこから離してやれ。わしらモンスターは愛と希望と思いやりで構成された魔法の存在。魔力を高めてやれば治る。魔力の高い場所に連れて行ってはどうじゃ」

 ガーソンの言う魔力の高い場所とは彼によれば、地上では森林や海辺、山脈の静かな岩場、人里の中ならば寺院や神殿だという。アンダインにそれを伝えると彼女は頷いて、来た時と同じようにアルフィーの元へ飛んで帰り恩師の助言通り愛する番を連れ出した。

 
 
・・・
 
 

 最近まで人間が踏み入れなかったイビト山の裏から更に人里離れた海に面した土地に拓かれた貸別荘エリアは、地上を楽しみたいモンスターたちが贅沢に休暇を満喫するためのコテージがいくつか点在していた。その一棟にアルフィーを連れてアンダインは一週間ほど宿をとった。経営者のメタトンは事情を知ると「アルフィーが元気になるまで居ると良い」と二人にメッセージを入れた。

 生活するための最小限の荷物が入ったバッグをソファの隣に置き、アルフィーの手を取ってアンダインがコテージのバルコニーに出ると、白い浜と青い海が二人の目前に広がる。

「気持ちがいいな」

 アルフィーは頷いた。そして海風を少し堪能した後は、それ以上アルフィーの体に障るからと、アンダインは彼女をコテージへ連れ戻した。アルフィーの手が相変わらず冷えていたので、アンダインは暖炉の薪を握って魔法で火をつける。アンダインの魔法ならアルフィーを火傷させることは無い。

「私はこれから仕事に行くが、何かあれば携帯からメッセージを。欲しいものはあるか?」

「何も……」

 アルフィーの返答を聞くと彼女は忙しそうにコテージを出て行った。

 アンダインに仕事で使うノートPCも取り上げられてしまったアルフィーはポツリとリビングに取り残されて暫く放心していた。それからコテージ内を歩きながら数時間前の事を思い出していた。
 朝から出かけていたアンダインが帰宅したかと思えば急に「外泊する」と言い出してアルフィーの荷物を勝手にキャリーケースに詰め込みだしたのだ。外泊するのが自分だと気付いてもアンダインを止めることが出来ずにここへ連れて来られた。彼女のフットワークの軽さにいつも驚かされる。

「暇だな」

 コテージを散策すると、見つけた本棚にはメタトンの写真集や最新のエッセイ本が置かれていた。自身をエンターテイメントにするメタトンらしいきらびやかな表紙に思わず笑みがこぼれる。アルフィーにも最新の出版物が一冊寄付されたが、まだ読めていなかった。表紙を開くと出版に関わった人やモンスターの名前が連なり、仰々しく感謝の言葉が綴られている。彼らしい。

ー ああ、それから最後に。親愛なる僕の黄色い友人へ愛の花束を。

 最後にさらりと一行添えられていた。そして、次のページでのカラー写真は勿論、メタトンがバラを抱えたグラビア写真だ。

「……」

 一瞬だけ、アルフィーはソウルの冷えを忘れて深々と呼吸をした。そして、自分の置かれている状況が鮮明になる。
 少し塩辛さを伴った海風がバルコニーから入ってきてアルフィーの鼻をくすぐった。浜辺へ目を向けると寄せては返す波の静かな音が聞こえる。アンダインに詳細を聞かないで連れて来られたが、自分の症状とこの場所に、何か意味はあったのかもしれない。

 そういえば、前日アンダインが帰宅して抱きしめてもらった時も、夜眠るときに抱きしめられた時も、同じように一瞬だけ体が温かくなったのをアルフィーは思い出した。好きなモンスターたちの事を想っている間は気が逸れるのかもしれないと、目を閉じてアンダインの事を考える。だが、持ち前の思考癖のため次から次へと悪い考えが浮かんでは消えて、病気への不安も相まってアルフィーの気を落とすこととなった。

「早く治さないと。アンダインに迷惑かけちゃう」