惑いの騎士

Alphyne
小説

 お洒落をするのは好きだし、可愛いものも好きだ。モンスターの中には可愛い洒落た女の子なんか鉱石の数ほど居るし、実際に出会ってきた。彼女たちから熱い視線を向けられているのも知っている。……だから何だ!!

「恋愛遍歴は?」

 人間のインタビュアーの質問。「プライベートのファッションは?」「趣味は?」と他愛ない話題が続き、次いで「好きな異性のタイプは?」等と聞くので番がメスであることを素っ気なく伝えた。そしてこれである。
 私はアイドルでも芸能人でもない。そんなことを聞いてどうする。こっちはモンスターの王を守護する騎士。ロイヤルガードの隊長。地下の英雄だぞ。もっと他に聞くことあるだろ。「あなたほどの人気者ならさぞ」なんぞ、上辺のおべっかを言ってくる。「さぞ」ってなんだ。洒落臭い人間の本には好意を寄せる者を酒のつまみみたいに取って食っては捨てる不届き者の話もあったが、そういうことを聞いているのだとしたら、私に話すことなど無い。

 アズゴアに言われた仕事でなければこんなこと……。

 要人のモンスターにメディア出演の依頼が来たのは先月の事だった。メタトンのように番組出演のようなことは御免蒙りたかったが、これも地上で人間と共存するためだと言われれば、延いてはアルフィーのため。記事に載るだけのインタビューなら良いだろうと了承した。それも少し後悔している。一般向けのカジュアルなメディアということだったので、仕方ないのだろう。

「番だけ」

 これは嘘じゃない。

「噂では、元王室所属の優秀な科学者の方とか」

 アルフィーの事を聞いてどうするんだ。あの子はお前たち人間に一度痛い目を見たんだぞ。ああそうだった!彼女はお前らを慕ってる。それなのに……許してないからな?!
 私の機嫌が悪いことも察せないインタビュアーは「馴れ初めは?」などと聞いてくる。回答が任意であることは前もって伝えられているので答えなくても良いのだが……ああ面倒臭い! 答えるもの癪に障るが、答えなければありもしないことをつらつら勝手に想像してくるのが人間だ。アルフィーの事を好き勝手に吹聴されても困る。

「彼女は繊細だ。傷一つでもつけたら、王が許しても私が容赦しない」

「大事にされている」

「当然だ」

 睨みが少し効いたのなら、おかしな記事にはならないはずだ。相手がフリスクのような人間だけなら、アルフィーが如何に愛らしいか、どれほど優秀か、嬉々として語ってやったものを。

 小一時間ほど話した後、アズゴアの多忙を理由に護衛の私はようやく解放された。01と02に八つ当たりのような愚痴をこぼして彼らを困惑させたが、良いだろう、あいつら幸せなんだから。仕事中にイチャイチャするな。私も早く帰ってアルフィーを抱きしめたい。だが、今日は遅くに王の会食が入っているのでそれも叶わないだろう。
 人間に付き合うアズゴアは忙しそうだ。地下では面倒臭い様式など余り無かったからな。慣れないなりに気の良さを発揮して上手くやっているようだが、それも隣の王妃トリエルが居なければどうなっていたことか。

「はぁ……」

 思わずため息を漏らしてしまった。人間との共存は思ったより大変だ。こんな時、アルフィーの胸に顔を埋めたら、一発で元気になれるのになあ。
 一度アルフィーへの欲求を自覚すると時間が経てば経つほどそれが膨れ上がっていく。惨めたらしさなど微塵も無いのに彼女恋しさに目頭が熱くなってしまう。

 地下でアルフィーを想っていたころ密かに枕とマネキンに向かって感情を吐き出していたことを思い出した。哀しさなど感じていないのに時折気持ちが暴走し、涙が溢れてきて一人で驚いたものだ。ただアルフィーが恋しかった。どこか影を背負った彼女に笑ってほしかったし笑顔をもっと見たかった。誰かを独占したいと思ったのは初めてだ。

 地上に出て彼女が欲しかったものは全部手に入ったはずだったし、私もずっと焦がれていたアルフィーのソウルを手に入れた。アルフィーの隣も、信頼も、愛も、全部手に入れたはずだ。彼女の命だってもう失ったりするものか。
 以前のように想いを伝えられないもどかしさで胸を焦がすことも無いのに、それでも気持ちが募って叫びたくなることがある。

― アンダインはかっこいい

 そういって照れ臭そうに顔を隠してしまうアルフィーは、クールなモンスターがタイプらしい。そんなアルフィーの前で

「お前が可愛いんだ!」

 と泣き喚いて格好悪いところなど見せられん。だのに、そういう時に限ってアルフィーはたまらなく可愛いのだ。いや、いつも可愛いが、彼女をロマンチックにエスコートしなければならない場面ほど、ついつい顔がだらしなく歪んでしまう。

 帰路につく頃、時計を確認すると深夜を数刻も過ぎていた。アルフィーはもう眠っているだろう、高ぶった気持ちを覚ましてから帰った方がよさそうだ。
 城下に移ったグリルビーズが近くにあったのを思い出し、久しぶりに顔を出しても良いだろうと足を向けた。
 
 
 
  ◇
 
 
 
 結論から言えば思惑は外れた。酒など入れてもアルフィーへの気持ちが鎮まるなんてことは全く無く、逆に気分が高揚して可笑しなことになった。何が目に入っても彼女の姿を思い出し、舌で転がる酒の香りが何であれ彼女の匂いを回想し、触れるグラスの冷たさにアルフィーの柔らかい暖かみに想いを馳せてしまう。そんな私を見かねたグリルビーに強制的に会計を済まされ、店を追い出されてしまった。酔っても足取りがおぼつくわけでも呂律が回らなくなるわけでもないのに、あのマスターはしっかり客を見ているな。

 家に帰ってアルフィーが眠っているであろう寝室を覗くと、彼女は尻尾を丸めて一人で眠っていた。起こさないようにゆっくり近づいて、アルフィーの頬に手を伸ばす。触れれば起こしてしまうだろうから、触れない。けど、触れたい。黄色い頬にソウルの熱が通っているのを確認したい。
 アルフィーの口許に手を移動させて、その寝息を確認する。

(生きている)

 それだけで嬉しい。酒のせいか感情は昂っていて、喜びに視界が滲む。不意に、指先にアルフィーの睫毛が触れた。

(長いな)

 アルフィーが照れて瞳を伏せる度に感じる睫毛の長さ。化粧っけの無い彼女はビューラーなんて使わないから、それはいつも主張少なく可憐に瞳を飾っている。
 アルフィーの目蓋が目叩いて、青い瞳に光が宿っているのを、星が瞬くのを眺めるのと同じような気持ちで飽くことなく見つめてしまう。それがアルフィーの生きている証の一つで、私には奇跡の産物なのだ。

 ……大袈裟か?!重いのだろうか、私の愛が?!

 自覚はある。ソウルを交わすようになってどれぐらい経ったか。交わる度に暑苦しい私の愛が彼女を押し潰してしまうのか、アルフィーは溺れるようにいつも戸惑っている。

 伝わっているはずなのに、あの子は私の気持ちを理解していないようだ。時折アルフィーのソウルから不安の感情が流れてくる。朧げに、私との将来を案じていたり、我が身の過去を憂いたりしている。アルフィーを安心させ、憂いを忘れさせる度量が私に無いのが、悔しくてたまらない。

 歪んだ視界が更に歪んで布団に涙が落ちた。何を泣いているんだろう。
 誰にも執着せず歩んでいた頃、こんな苦しみは無かった。他者と生活するとはこういう事なのだろうな。アルフィーの傍に居るのは幸せだが、同時に心労も増える。私一人なら取るに足らない事も、些細な攻撃も、か弱い彼女に傷を作るから。

「……っ」

 彼女の名をうっかり口にしかける。

 アルフィー

 私のアルフィー

 どうすればお前を幸せに出来るんだ

(私の手で……!)

 そう、私の傍で……! 繊細なアルフィーは私のようなガサツなモンスターと一緒では幸せになれないのかもしれない。それでも、彼女を手放すなんて絶対にできないから、どうにかアルフィーを傷付けまいと足掻いている。

(勝手な私を許して、アルフィー)

 本当に勝手。アルフィーがそれを許そうが許すまいが、私は彼女を逃がしてやれない。なにが「許して」だ。畜生。
 ああ、もう、細かいことを考えるは止めだ。アルフィーは私を愛してくれている。傍に居たいと思ってくれている。私が心に抱いた欲求がアルフィーにとって不幸の種だったとしても、今は問題無い。私にできることは彼女を守ることだけ。

(私は彼女の騎士なのだから……!)

 使命を抱き直し、私はそっとベッドを離れた。堅苦しいスーツを脱ぎ、身を清め、そうしてからゆったりとアルフィーの寝顔を眺めながら一日を終えよう。
 
 
 
FIN