ときめき二次創作_前編

Alphyne
小説
連載

 空には億万のまたたく星。美しい恋人の熱い視線。人気のまばらな広い臨海公園と、その対岸にはクリスマスでもないのに都会のイルミネーションが煌めくのが見える。なんならムーディすぎて、自分との不釣り合いさは噴飯ものだ。だが吹き出すわけにはいかないし、当時のアルフィーにはそこまで状況を客観視する余裕など無かった。
 アンダインの指がアルフィーの頬を撫で、顔が近付いてくる。アルフィーの口元に狙いを定め閉じかけた瞼のアイシャドウのラメがアルフィーの夢心地に拍車をかけ、それにどんな顔をしたら良いかわからずきゅっと目を閉じると、直後丁寧な口付けをされた。ソウルがバクバクと跳ね、全身をエネルギーが脈打つ。直前まで聞こえていた波の音も聞こえなくなる。
 たった数秒の接吻が永遠に思えてアルフィーの思考はぐるぐると有らぬ事を考えて駆け回っていた。恋人とのキスを楽しむ余裕など無く、やれ人が来ないか、自分の振る舞いは正しいのか、唇は荒れてなかったか、アンダインを今日は少しでも楽しませたか、そんなことばかりが脳裏を過っていった。呼吸の仕方もわからなくなり、このキスが早く終わって欲しいとさえ思った。
 アルフィーがアンダインの腕の服をそっと握ると、それを合図に唇が離れる。それでやっと息が吸えるとばかりに、アルフィーは背を向けて深呼吸した。

「嫌だったか?」

 後ろから寂し気な声をかけられ、向き直ったアルフィーが大きく首を降る。それを見てアンダインは胸を撫でた。

 魚人はこの日、恋人のためにとびきりロマンチックなデートを演出しようと思っていた。デートの最後に丁寧なキスをしたら、きっと愛しのトカゲちゃんは自分に惚れ直すだろう。そんな期待を込めた計画だ。それなのに、アルフィーは真っ赤になって戸惑うばかり。嫌がっていないようならそれで良いと、アンダインは笑ってアルフィーの手を取った。

「帰ろう」

「う、うん」

 アンダインは甘く切ない気持ちをため息に吐きながら、俯いたアルフィーの赤い頬から目を逸らす事が出来なかった。
 
 
 
  ◇
 
 
 
「……絶っっっ対間違えた」

 吐き出したのは自宅の書斎オタクグッズ保管部屋。大事にしている魚のぬいぐるみを棚から取り出してそれを見つめるが、心は先日のデートの事で頭が一杯だ

「なんで息止めちゃったんだろ。まるで嫌がったみたいな態度とっちゃったよね。違うのよ、アンダイン。すごく嬉しかったの。ロマンチック過ぎて、場違いな自分自身が滑稽に見えたの」

 魚のぬいぐるみはつれなく黙っている。

「……でもきっと、アンダインは気にしてないよね……。『アルフィーは冷たいな』程度に思ったかな。いやだな……」

 誰にも聞こえないのを良いことにぶつぶつと呟きながら気持ちの整理をしてみる。上手くいったためしはないが。

 アルフィーはテーブルの引き出しからプリント用紙と鉛筆を取り出し、白い用紙の上に鉛筆を走らせた。
 アンダインと、その隣には理想の姿の自分。背が高くて、スマートで、アンダインに顔が近い。現実の自分は彼女が屈んでくれなければキスも出来ないちんちくりんだが、絵の中は自由だ。
 自分のようで自分でないそれが、アンダインに向けて完璧な笑顔でニッコリ笑いかける。

「大好き」

 と呟くそれは、吃らず、音量も声も完璧。アンダインがクールな流し目をして、鼻で笑う。現実の彼女のカッコよさを表現できているとは思えないけど、まあ、こんな感じだろうかと、自分の表現力の限界に妥協した。

 過去にアンダインと出会ってから、アルフィーはせっせとアンダインを描いてきた。当時「番を持たず誰も贔屓しない英雄」と称されていたアンダインに憧れて、その通りに表現した。紙の上のアンダインはやれやれといった様子でアルフィーをいつもあしらい、アルフィーを含め誰にも媚びない態度を取る。三次元のアルフィーは適当な理由を付けてアンダインとの同棲の切っ掛けを作り、二次元の自分達を一緒に住まわせ妄想を楽しむことで寂しさと恋心を紛らわしていた。

 二次元の自分はアルフィー自身が成りたいようなモンスターだった。ただの機械エンジニアで、メタトンとは利害関係の無い友人。自信があり、アンダインにいつも言えないことをハッキリ言ってしまう。

「愛してる」

 またスマートなトカゲは言った。アンダインはアルフィーの頬を撫でて

「しつこいな」

 と笑う。

(こんなふうに簡単に伝えられたら……)

 アルフィーは自分の絵を持ち上げてニヤつく。現実では、多くの闇を抱える自分。それ故に考えることも気にすることも挙げたら切りが無い。二次元のように、アンダインを愛している気持ちだけで、気がねなく愛情を伝えられて、彼女と接することが出来たらどんなに良いだろう。それであれば、リアルでも彼女とどんなに甘い一時を過ごせか。

「抱きしめて」

 これも、いつも言いたいのに言えない台詞。言えないから、代わりに妄想の自分に言ってもらう。アンダインは「仕方ないな」といったように片手でアルフィーの肩を抱いた。

「きゃあ……っ」

 自分で描いたものを読み返し、ときめきで思わず声を漏らして我に返って部屋を見渡した。もちろん自分1人だ。とはいえ照れ臭くなって筆を置き、消しゴムのカスを払いながら落ち着きを取り戻していく。誰のものでもないアンダインが、少しだけ自分に向けてくれる仕草。それがアルフィーには堪らなくときめくものだった。

 満足するまで描いたそれを大事にファインダーにしまえば、途端に気持ちは現実に戻され、何も変わってない自分を我に返って実感した。
 アンダインに上手く愛情表現出来ない自分。ちんちくりんで弱くて嘘つきな自分。何一つ良いところがない。

(アンダインは、ちょっとモノづくりが得意なオタクが物珍しいから一緒に居てくれているのかもしれないけれど……)

「……いつか、飽きられちゃうかな」

「何が?」

 ソウルがどきりと跳ねて、振り替えると部屋のドアからアンダインが顔を覗かせていた。それに驚いたアルフィーが椅子から飛び上がった拍子に、デスクでずっとアルフィーを見守っていた魚のぬいぐるみが落ちた。

「アアアアンダイン! お、起きたの?!」

 アンダインはあくびをしながら頷いた。ノースリーブに下着一枚の、勝手知ったる自室に居るようなラフな格好をしているが、ここはアンダインの家ではない。

 地上へ出てからこの方、アルフィーは人間の政府が管理する研究エリアにある簡易なアパートメントの一室に住んでいた。そこでアンダインはしょっちゅう寝泊まりしているが、彼女は彼女で軍施設内に立派な仮屋を与えられている。だがそんな家にアンダインが在住する時間は少ない。まだモンスターの居住環境が整わない慌ただしい日々の中、いちいち家に帰っていてはアルフィーに会えないので、仮家はほったらかしだ。
 モンスターへの偏見や差別の危険も解消されない環境下でアズゴア王やトリエル王妃、その養子フリスクを守るために、解散したはずのロイヤルガードは移住後すぐに同じメンバーで再結成されることとなった。ドリーマー一家にも、ロイヤルガードにも、やることは山積みだ。
 ある程度の住宅環境は地下のそれより揃えるべきという人間側の意見は真っ当だとアンダインも護衛騎士団の隊長として同意見だった。イビト山にモンスターたちの居住区域が展開され、王の為に屋敷が建つ。それまでは、人間規格のものを借りている。多少不便さはあれど、人間マニアのアルフィーは喜んでいた。

 それから1年ほど。アンダインもアルフィーも、ここに住み慣れてしまった。

 アルフィーは眼鏡の位置を直しながらぬいぐるみを拾う。

「う、煩かった?! ごめんね。き、きこえた……?」

「悲鳴みたいなのが聞こえた気がしたんだ」

「あ、そ、それは、別に、大丈夫っ!」

 アンダインがアルフィーへ指をさした。

「ひぇっ」

「そのぬいぐるみ、この前買ったやつか……。大事にしているようだが、抱き心地が良いのか?」

「う、う~ん、まあ、フワフワしてる、し」

「フワフワ……」

 アンダインは自分の体を見回した。分厚いシルバーブルーの肌は、自身でも思うが恐らく、抱き心地が良いものではないだろう。フワフワといえば、アルフィーが以前思いを寄せていたらしいアズゴア王もフワフワしているなと、アンダインは彼の毛並みを思い出していた。

「アンダインも触ってみる?」

「いらん」

「そ、そう……だよね~……」

 アルフィーはぬいぐるみを見つめた。心なしか、包容を拒否されたそれは寂しそうに刺繍のつぶらな瞳を潤ませているように思え、無意識に撫でる。それを見て口を曲げるアンダインにアルフィーは気付かない。

(どうせ同じ魚人なら、私を抱き締めれば良いのに!)

 という言葉を飲み込む。流石にぬいぐるみに対して嫉妬を露にするのは格好悪いだろう。
 アルフィーの小さな悲鳴に引き寄せられたが、何もないならそれでいいと、アンダインは背を向けた。アルフィーのデスクのファインダーを一瞥して、部屋を出て行った。

「片付けの続きするぞ」

「す、すぐ行くよ!」

 アルフィーは縫いぐるみをデスクに置いて、アンダインを追って部屋を出る。

 イビト山の開発が進み、アンダインの引っ越しが決まった。その流れでアルフィーの荷造りが始まっていた。「当然、アルフィーも一緒だろ?」とすら、アンダインは言わなかった。同棲は約束していたことだったし、(既に同棲のような生活をしているが)アンダインはそれを心待ちにしていた。アルフィーも今更断る理由もなく、心の準備が整わないからと断って彼女をガッカリさせることも出来ず、あれよあれよという間に荷造りが開始された。
 
 
 
つづく