英雄の左目
「アズゴアと訓練中に眼球を切ったんだ」
「ええ!! だ、大丈夫だったの?!」
「いや。でも医者が診た時は、何故か傷は消えていた」
アンダインは記憶を頼りにその時のことを可能な限り詳細にアルフィーに話した。建前上「訓練中」と言ったが、実際には騎士隊長試験の一戦だった。アズゴアは普段しまっている戦闘用のトライデントを持ち出し、アンダインに見せてくれた。人間との大戦でも使われたそれを目にした時の興奮と畏敬をよく覚えている。真剣勝負、刃を交えた時、恐ろしく鋭い三叉戟の切っ先が、戦闘中そこから目を逸らすことも無く、瞼を閉じることも無かったアンダインの瞳を数ミリ切った。
一瞬怯んだアズゴアの隙をついて、アンダインは王を槍の柄で宙へ投げた。そこで勝負がついて、ようやくアンダインは左目を押さえたのだった。
「アズゴアは怪我した私より慌てていて、ふふふ。それから、医者を呼んだ」
笑い話のように語るアンダインにあっけにとられたアルフィーが口を開けて聞いていた。
「傷は消えてたんだけど、その代わり……」
「視力が落ちたの?」
「見えなくないんだが、魔力が漏れ出るようになった」
アンダインの左目は、魔力の光が閃光のように不安定に辺りに放出されるようになってしまった。そのため、鬱陶しさでまともに目を開けていられなくなった。
「今は落ち着いてるし、医者に言わせると漏れ出る魔力は無害らしいから」
そういってアンダインは眼帯を外して瞼を開いた。一瞬眩しそうにアルフィーを見つめる。左目は、右目と違い眼球が黒ずんでいた。瞳孔の奥に燻った魔力が大人しそうに輝いていた。
「……醜いか」
「全然」
アンダインは笑った。アルフィーがそう言ってくれることは解っていたし、自分の左目が醜いと思ったことは無かったが、一抹の不安はあった。勿論それはお世辞にも美しいものではなかった。
アンダインが失明したり後遺症が残って苦しんだりしないよりずっと良いと、アルフィーはそれだけ思った。それよりも、好きな相手の普段見られない姿を見ることができたときめきで、不謹慎とは思いながら嬉しくなってしまう。
(ああ、ごめんなさい、アンダイン。これだからオタクは……)
「……痛くない?」
「痛みは無い。だから、たまにはこうやって両目でアルフィーを見ていたいな」
辛うじて抑えていたはずのソウルが飛び上がって、アルフィーの顔がさっと赤らんだ。
(ずるいってば……)
「お前が嫌じゃなかったら、部屋では外していようか。楽だし」
「いいよ。そっちの方が……」
自分しか見られない眼帯の下。アンダインのプライベートな箇所。ちっぽけな事だったが、表立って独占欲など表現できないアルフィーにとってそれは特別なもののように感じられた。
アンダインが眼帯をジーンズパンツのポケットに突っ込む。
「そっちの方が?」
「……ア、アンダインが楽な方が良いよ」
アンダインの光る瞳孔をもう一度見たいのに、それは彼女を見つめることになるので、アルフィーはちらちらとアンダインを見上げては俯くのを繰り返していた。
「気になるなら、見ればいいのに」
「そそそ、そんな……」
「アルフィーは好奇心旺盛だからな!こういうの気になるだろ」
「……」
(アンダインのだから気になるんじゃないの)
変なところで時々鈍感な魚人が憎らしい。でも、確かに、そうだ、科学者として少し見せてもらうなら、気が楽だ。
「私は医者じゃないけど……ちょっと、診せてくれる?」
アンダインが膝を付いてアルフィーの目線の高さに顔をおろしてきた、アルフィーの青い瞳を思い切り見つめられると思うとやんわり顔がニヤ付く。
アルフィーはアンダインの下瞼をそっと親指で触れる。時々瞬くアンダインの瞳の瞳孔の奥は、太陽光を受けて光る波が寄せては返すようにゆらゆらと煌めいている。アンダインと見つめ合っていることを一瞬忘れるほど、それはアルフィーを見惚れさせた。
「キラキラしてて、綺麗……」
思わず感嘆の声を漏らすアルフィー。今度はアンダインの頬が赤らんだ。瞳孔の光が急に強まり、あたりを照らす。まるで波に攫われたような錯覚を起こし、アルフィーは後ずさって尻もちをついた。
「わわっ、ご、ごめん!」
眩しさに両目を抑えて謝るアルフィーをアンダインが慌てて抱き起す。
「すまん。お前のせいじゃない」
アンダインは左目を押さえて立ち上がった。少しだけ気恥ずかしそうに眉を寄せて苦笑いする。
「興奮すると魔力が漏れる」
「そ、そう……」
アルフィーはその意味を数秒後に理解してまたソウルを跳ねさせた。
FIN