Special Room
※『砂を掬う水掻き』の後の話です。
フリスクのリセットに巻き込まれた後、アンダインは引きこもりがちなアルフィーのコミュニティについてそれとなく調査していた。
彼女がラボに来る前はニューホームに友人が居たようだが、それも疎遠になっているようだったし、地下では子が自立した後は親子間で連絡を頻繁に取る習慣が、モンスターには薄かった。そのうえアルフィーは一人っ子のようである。
(あの女を一人にしてはいけない)
とは思うものの、彼女の側にアンダインより近いモンスターがそんなに存在しなかった。アズゴアとも定期的な報告程度のやり取りしかしておらず、王の方は気遣いから時々メッセージを入れていたが、アルフィーは持ち前の人見知りが災いして秘密の公開に踏ん切りが着かないまま返信も稀だった。
「……いや、居た!」
アンダインは思い出して顔を上げた。以前アルフィーを家に招待した時に
「友達も一緒に良いかな」
と、アルフィーが連れてきたのはボックス型のロボットだった。ロボットのモンスターは初めてで驚いたが、聞けばゴーストが操作しているというので納得だ。アルフィーは、ゴーストがロボットを操作する仕組みなどをアンダインに詳しく話したが、デジタルに疎い魚人には半分も解らなかった。
メタトンが自分よりもアルフィーに近い存在であることを、アンダインは認めるしかなかった。なんせそのボディは創造主をアルフィーとし、彼女が日々メンテナンスしており、常にアルフィーの管理下にあったからだ。
アンダインは酒場のポスターのアイドルのイラストを睨んだ。彼が側に居ながら、アルフィーの秘密について何も打ち明けられなかったのだろうか。それ程に、アルフィーは一人で抱え込んでいたのだろうか。
日課になったようにアンダインがラボへ向かうと、丁度メタトンが一輪の足を滑らせてラボを歩いていた。アンダインを認識したロボットは方向転換して彼女の方へ滑り寄る。
「王子様じゃないか」
「王子様?」
「おっと、何でもないよ。アルフィーに用かい?」
「いや、お前に」
メタトンがふらっとボディを傾けて、器用に元に戻した。「アイドルに? それともアルフィーの友人に?」と問いかけそうになったが、アンダインがアイドルに興味が無いことは解りきっていた。
「アルフィーとは長い付き合いなのか?」
(おやおや)
「お目当ての女の子に恋人が居るか不安かな?」
アンダインが口を曲げて顔を歪める。そんなことを聞くつもりはなかったが、それはそれで気になるところだ。
「まさかお前、アルフィーと」
「アンダインが心配するような関係じゃないよ、僕たち。ただの友達さ」
アルフィーのような引きこもりとメタトンのようなエンターテイナーがどこで意気投合しているのか全く不明なアンダインは、納得しない顔を崩さなかった。
「人間……」
「人間?」
「僕たちは人間ファンクラブのメンバーなんだ」
メタトンはそれ以上アンダインに説明しなかった。アンダインはロイヤルガードであり、王から人間捕縛の命が降りている。そして「いつか太陽を勝ち取る」とリーダー任命式で大々的に宣った騎士だ。まさか人の趣味にまで口出しする事はしないだろうが、アルフィーのこともあるので深く説明するのは憚られた。
だが、好きなものが一緒なのは交流が深まる理由として納得行くものだろう。メタトンは簡易な説明で十分と思い、それについては口……否、スピーカーをオフにした。
「そりゃ君より付き合い長いよ、僕たち。このボディの製作には時間もかかったし」
「……」
「まあでも、アルフィーはずっと前から君を知ってたみたいだ。それは当たり前だよね。僕だってロイヤルガードの隊長は知ってたから」
メタトンは、アルフィーから請われてアンダインの家へ訪問したのだそうだ。一人では緊張するからと。そう言えば、一度目は成り行きで誘ったが、二度目は約束してから来て貰った。アルフィーを緊張させてしまったのは悪かったが、アンダインは彼女に早く自分に慣れて貰いたかったのだ。
「そこのトイレについては何か聞いているか」
メタトンの後方に見えるドアを顎で指してアンダインが問う。
「あれね。人間の家に必ず有るから、アルフィーが真似て小部屋を作ったんだよ。僕たちモンスターは排泄しないから、どうせ便器じゃなくてグッズ置き場でも設置されてるでしょ」
メタトンはアルフィーの秘密を知らない様だった。エンターテイナーである彼にとってポーカーフェイスなんてものは造作もないだろうが、もし知っていたならアルフィーが行方知れずになったときに真っ先にそこに入ったのは彼だっただろう。だがそうでなかったことはアンダインは実際に見て知っている。
「メタトン、ねえ!」
と、アルフィーの声が上の階から聞こえ、二人の会話は中断された。
「充電アダプタ知らない?」
「君のベッドの上は? 今朝見たよ」
メタトンが上階のアルフィーに聞こえる声量で答えた。その台詞にアンダインは目を見開く。
「きっ、貴様ッ! アルフィーの寝室に入ったのか?!」
「作業台があるからね。寝室……というか、私室に」
「……ッ!」
アンダインが返す言葉も無く歯を食いしばっているとアルフィーが「あった!」と言いながらエスカレーターを降りてきた。
来訪者の姿を分厚い眼鏡越しに捉えるなりさっと顔を赤らめる。
「アっ、アンダイン来てたの?! もお、メタトン、言ってよ!」
「だってアンダインは」
続く「僕に用事があるっていうから」というメタトンの言葉を聞かないうちに、アルフィーはお勝手へ走っていった。
前々から、まるで家族に対するようなアルフィーのメタトンへの態度が気になってはいたが、今日は一層それがアンダインに面白くない光景に映る。
「……ふんッ。ボディだけならいつも一緒と言うことか。ボディだけは」
「引っ掛かる言い方だけど、そうだよ。でも、僕はゴースト体でも私室に出入りを許されているんだ」
それは当たり前で、ボディを使うのに一々アルフィーに持ってきて貰うわけにもいかないメタトンには、アルフィーは自由に取りに来て良いと伝えていた。
アルフィーにとって、人間のコンテンツが溢れる部屋に人間ファンクラブのメンバーであり友達のメタトンが入るのは気にならなかった。彼女が本当に隠したかったのはトイレを模した扉の奥の方だったのだから。
メタトンの台詞にアンダインが悔しさを隠すように密かに牙を鳴らす。
(私だって……!)
という怨言が擡げる。アルフィーと仲良くなりたい欲が無いわけではないが、この時のアンダインにとって、それは彼女を救うための手段と成り下がっていた。アルフィーからの気持ちや愛情を得らぬなら然も有らば有れ、彼女が生きてさえ居てくれればそれで良かった。
事情を知らないとは言え目の前の優男は、アンダインが苦渋を舐めて諦めたそれらを難無く手に入れているように見えてしまう。
「そんなに仲が良いのなら、アルフィーから目を離すなよ」
アルフィーの危険が減るのなら、この嫉妬心にも蓋をしよう。
騎士はラボの家主が戻るのを待たずに踵を返してその場を後にした。
「……どんな気持ちでそれ言ってるの」
メタトンはフェイスのディスプレイをチカチカと点滅させる。背を向ける直前のアンダインの表情に嫉妬以外のものが含まれているのを感じ、ディスプレイの顎部分を撫でながら彼女が出ていった自動ドアを見つめた。
確実なことは、英雄様は友人の黄色い彼女に気があるらしい、ということだ。矢鱈とラボに足を運び、アルフィーに贈り物をし、近くのモンスターに嫉妬する顔を見せながらも彼女の為にそれを飲み込んでいる魚人からは真摯さが伺える。だからこそメタトンは、アンダインの意図がわからずとも大事な親友を彼女に任せても良いと思えた。
しかし勿論、人気者の英雄様である。そんな彼女が他のモンスターに浮わついて不誠実な態度を少しでも見せようものなら、アルフィーに苦言を呈するし、相手が例え地下一番の戦士であろうが本人に牽制もすると、アイドルは心の隅で誓った。
そんな二人の思惑など知らず三人分の紅茶を運んできたアルフィーは、「どうして引き留めてくれなかったの」とアンダインが帰ってしまったことを残念がってハの字眉を下げ、彼を困らせたのだった。
◇
番になってからは自分以外のモンスター(勿論人間も)にアルフィーの部屋の出入りを極力控えるよう懇願していたアンダインだったが、彼女が嫉妬深いのは一時それに蓋をしたことも要因だった。
「フリスクは、いいでしょ?」
「むっ……。まあ、それは、アルフィーの自由だが」
ということで、フリスクだけが彼女の部屋に入れる唯一の人間だった。自由と言いながらアンダインが良い顔をしていないのをアルフィーは良しとしなかったので、魚人の願いはほとんど許されているのが現状だ。フリスクに対しては二人を含めた周りのモンスターが皆少女に甘いというのもある。
「アンダイン以外が入るなんて、そうそう無いよ。私、と、友達、少ないし……」
「メタトンはお前の私室の出入りを許されていたじゃないか」
「ち、地下の時の話? アンダインだって、良く来てたでしょ? 一緒にアニメとかドラマとか、観たじゃない」
アルフィーが苦笑いする様に、アンダインは頷いていじけたように唇を突き出すことしかできなかった。自分はアルフィーの部屋に無断で入ったことは無かったし(地下研究施設へのドアの鍵を壊して入ったことはあったが)それと比べれば当時のメタトンとアルフィーの近さはより密なものに思え、多少嫉妬心も擽られる。
(今は、私が番なのだし)
と、思い直すことでアンダインは自信の機嫌を取るしかなかった。
「彼奴がお前にとって特別な友なのはわかってる」
「あ、え、うん……」
アンダインはそこで会話は終わりとばかりに言葉を切ってしまった。
以降、アルフィーは日がな一日相手の言葉の意味をじっと考えたが、自分の部屋にアンダイン以外のモンスターや人間を入れるのを彼女が嫌がる理由にいまいちピンときておらず、セキュリティ面で自分がただ信用されて無いだけだと結論付けた。
◇
「終わらないのか」
夜、私室に引きこもって仕事をしていたアルフィーの部屋のドアをアンダインがノックするまで、アルフィーの頭の片隅にぼんやりと今朝の会話が引っ掛かっていた。首を振ってノートPCをパタンと閉じる。
「もう閉めるよ」
アンダインが頷いてアルフィーの部屋を出ようとする。
「あっ……」
「……何だ」
「あ、あの、その、ああ~……っ」
思わず引き留めるような事になってアルフィーは慌てた。今更半日前の話を蒸し返すのも可笑しいが、他に話題が見つからない。こんな時アンダインが「用が無いなら行くぞ」と部屋を出て言ってくれればまだマシだと思うのに、アンダインはアルフィーが何か言いかけている時に痺れを切らして彼女の傍を離るなんてことはしなかった。
「わ……」
「……」
「……私に、とって……」
アルフィーのか細い呟きにアンダインは耳をそばだて、耳介をそっと広げる。
「私にとって……あなたが一番、特別、だよ……」
自分にとって至高であるアンダインが承諾しないことはできないから、安心してほしい。と、アルフィーはそんなニュアンスを込めたつもりだった。
「……ぇ」
「ご、ごめん、あの、今朝、ほら……っ、いや、何でもないの。忘れて!」
アルフィーはアンダインの横をすり抜けてリビングへの廊下を駆けて行ってしまった。残されたアンダインは騒ぎ出したソウルを鎮めながら番の言葉を脳裏で何度も繰り返した。
「今朝」と言われ、数時間前に徒な嫉妬心から漏らしてしまった自分の瑣末な一言をアルフィーが覚えていて、甘い慰めをかけてくれていることに数秒遅れて気付き、魚人は相好崩すのを止められない。
周りを見渡せば、アルフィーの存在を反映するように彼女の私物が溢れていた。本棚の一角には二人で撮った写真がいくつか飾られ、開いたクローゼットには自分が贈った数着が大事そうにカバーに包まれてかかっている。デスクの上の入口から見えない位置に、贈り合ったラブレターのアンダインがアルフィーへ宛てた手紙の方が大層な額に飾られてこっそり設置されているのをアンダインは知っていた。無遠慮な青い指で容赦なく破いたハートのシールは、丁寧に修復されているのを見て更に笑みが漏れる。
アルフィーの部屋に徐々に侵食している自分の気配を纏ったアイテムたち。この特別な部屋へ自由に出入りできるのは、彼女に選ばれた自分だけなのだ(フリスクはまあ許そう)。
だがアンダインのそんな優越感は一瞬、不安定に揺らぐ。自分に絆されて振り回されるアルフィーを時折哀れに思う。しかし心苦しくなる一方甘えてしまうのを止められない。それは自身でも弁えていて、アンダインは番のことになると緩みがちな涙腺を鎮めるように眉を寄せた。
「……アルフィー! もう一度言って!」
リビングに逃げて行ったアルフィーを追って部屋を出る。そしてあっという間にその長い腕で彼女を捕まえて、昂った激情のまま、飽きずに言葉を乞うだろう。
まるで秘密を共有する様にアルフィーが照れながら「特別だよ」と囁くと、それを目下に恍惚と眺めて満足そうに牙を見せた。
END